5歳の神童

 茅ケ崎の夜は、深海魚の溜息ほどの潮の香りを漂わせ降りてくる。暗闇に、浜降りの男たちの幻影が徘徊し、繁華街に、祭りの空気を漂わせる。茅ケ崎の男たちは、たった一日の祭りで、己の魂を昇華させるためだけに、一年を過ごす。

 そして、その究極の精神は、神輿を担ぐことだけに宿るわけではない。ある者は、スポーツに打ち込み、ある者は、楽器を奏で、歌い、そして、ある者は、宇宙を目指す。

 ここにも、ただひとつのことを極めようと、己の人生を音楽に捧げた男がいた。米山 秀[よねやま しゅう]である。還暦を少しばかり過ぎた、この音楽好きの男は、自分の音楽観を世に問うために、素人がライブ演奏するためのバーを、20年前に開店させた。

 ライブバーPOCHIPOCHI[ぽちぽち]には、米山のモットーである「下手でもいい。とりあえず、歌おう!楽しんでいれば、そのうちうまくなる」という信念が息づいており、だれもが、ひとまえで演奏し、聴衆の反応を楽しめると、茅ケ崎の音楽好きに、評判となった。

 新栄町のバカでかいビルの地下にある店は、開拓時代のアメリカの酒場を思わせる装いで、ドアの向こうに、ガンマンがいても不思議ではないほど、臨場感に溢れている。店内には、小さいけれど、本格的な音響設備を備えたステージがあり、ここに集うミュージシャンが、交代で、演奏を楽しんでいた。

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