沖縄

 茅ケ崎音楽大賞が開催されるまで、残すところ2週間。募集も締め切られ、出場者も決定された。神奈川の一地方都市の名を冠する超マイナーな、しかも、今回が初めての開催にも拘らず、最終的には、応募総数207組(バンド85組含む)という参加者数に膨れたのも、ネットでの募集という、極めて情報の伝播しやすい媒体を選んで、応募者を募ったことと、やはり、総額500万円の賞金の威力であろう。

 さらに、数多くの出場者の参加を決意させたものは、この大賞の設立動機にある。その真意は、茅ケ崎市の改名問題で、“茅ケ崎”という名称の好感度を上げることを画策したものではあるが、建て前は、「街角の素人ミュージシャンの中から、次世代のメジャーアーティストを掘り起こす」であり、とくに参加資格などを設けなかった、その門戸の広さと敷居の低さだろう。

 しかし、そうした気安さと無縁の参加者がここにいた。氷室七海[ひむろ ななみ]は、16歳の高校生で、最も遠隔地である沖縄からの参加である。

(とにかく、出場するからには、上位3位以内に入賞しなきゃ。そうすれば、交通費や宿泊費も取り戻せるし、生活費にも補填できる)

といった、少女らしからぬ切迫した状況だった。

 七海の趣味は、ヒップホップダンスと歌を唄うこと。沖縄では、いたって、標準的な思春期の女の子だ。ただ、ひとつのことを除いて。

 彼女には、両親がいない。肉親と呼べるものは、同居している5歳離れた姉だけである。姉の留美が、昼夜働きながら、妹の七海を学校へ通わせているのだ。だから、今回、茅ケ崎音楽大賞に参加する費用も、姉から出して貰う。家庭の状況を考えたら、とても、参加できる余裕などないのだが、姉の『がんばっておいで!』という言葉が、躊躇する七海の背中を押してくれた。

「ごめんね、お姉ちゃん。……お金、使わせちゃって」

 留美は、穏やかな口調で答えた。

「わたしだって、できることなら、こうした音楽のイベントに出場できたらって、思うもの。わたしの分も楽しんできてよ。そしたら、このくらいの費用なんて、安いもんじゃない」

 七海は、涙を堪えた。

(お姉ちゃん、わたし、知ってるんだ。本当は、この費用、お姉ちゃんの結婚式のために少しづつ貯金してあったものを切り崩したんだよね)

 七海は、心にいつも誓っていること。それは、

(やるからには、必ず結果を出す。出せないのなら、やらない)

である。それは、言葉を代えるならば、『やれるという自信がもてるまで、努力する』ということである。七海は、着替えを詰めたリュックを背負い外に出た。見上げれば、沖縄の空は、本土への野心をもつ少女の心を表すかのように、青く燃えているようだった。

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